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第4次継承権戦争: ヴェガ戦


ヴェガ
 侵攻の最初の6ヶ月間が経過した後、惑星“ヴェガ”の防衛者達はその3つの大陸の内の2つを失っていた。第3ライラ防衛軍は、南極に近い広大なビューアー平地の東半分側にドラコ連合軍を後退させていた。惑星“ヴェガ”の首都のヌーカソンは、辛うじてだが、尚もドラコ連合の支配下にあった。
 続く10月、“マルフィク”で取ったのと逆の手順で以てセオドア・クリタ大佐は惑星“ヴェガ”に到着した。ハイジャックしたスカウト級航宙艦から切り離された彼の降下船は、惑星に対して高速での接近を行った。そして、軌道上のライラ共和国の降下船群から正式の誰何を受ける前に、そのユニオン級降下船は素早く“ヴェガ”の大気圏内へ進入したのである。ここでドラコ連合軍はライラ共和国の封鎖部隊とは異なり、ともかくも、この大佐の偽装した降下船の撃墜を試みたのであるが、この事は逆に彼が(ライラから)一発の警告射撃も受ける事なく誤魔化して突破するのを可能としたのであった。
 第2ヴェガ軍団、第14ヴェガ軍団と一度安全に合流した後には、彼は自らの状況の見極めを行った。彼は、まずまずの状態にある2個メック連隊と40個戦車/歩兵連隊の指揮権を掌握していた。しかしながら、彼のメック群の大部分は弾薬と部品に欠乏を来していた。DCMSの調達局は補給物資の貯蔵庫を全く作り上げてはおらず、従って惑星上に部品は全く存在しなかったのである。それでもクリタ大佐の出現は、惑星“ヴェガ”に元から存在していたドラコ連合軍に士気向上をもたらした。
 クリタ大佐は、自分が援軍を当てにする事はできないのを理解していた。彼とディーロン管区司令官のヴァシリー・チェレンコフ元帥は良い関係になく、意見の衝突と侮辱の言葉を交わしあった過去を持っていた。チェレンコフは、セオドアに対して「貴官の中に流れている“竜”の血に従い、人間性などと言う邪魔なものを表に出さないようにするのだ」という尊大な忠告の言葉ばかりを発していた。かような侮辱的言辞を鑑みるに、セオドア・クリタが救援を求めてチェレンコフの尊大な態度と向かい合う事よりも、自らのリソースのみを頼みとする方を選択したのは、特に驚くべき事ではないものである。
 クリタ大佐は生き延びる事のみならず、勝利する事も意図していた。彼は愛情や義務からではなく腹いせから、ライラ共和国軍を惑星“ヴェガ”から叩き出すつもりであった。彼は、自分の父親とチェレンコフに対して、彼等には決してできない事――その部下達を上手に扱い最大限に活かす事――を自分がやれる事を証明するつもりであったのである。
 しかし、それを為す為には、彼は第3ライラ防衛軍とそれに付属する連隊群を打ち負かす必要があった。勝利をするのが常である歴戦部隊の第3ライラ防衛軍は、惑星“ヴェガ”を素早く奪取する事を強く確信していた。この確信の大部分は、ライラ共和国が惑星“ヴェガ”周辺の宙域を支配している事とその地上部隊が日ごとに弾薬と補給物資の発送品を受け取っていた事に支えられていた。
 クリタ大佐は、ライラ共和国が前線から丁度20km離れており第14ヴェガ軍団の攻撃圏内に位置している沿岸都市のコーチュスに大規模な物資集積所を作り上げた事を察知していた。この補給物資を破壊する事はライラ共和国の攻勢を失速させ大勝利となる可能性があったのであるが、クリタ大佐は自軍の為にその補給物資を鹵獲する事を望んだ。
 10月17日、補給物資集積所の衛兵が交代をしている最中、肉体労働者としてライラ共和国に雇用された現地人の集団はレイン・ポンチョを脱ぎ捨てると銃火を放った。彼等はクリタ大佐の親衛隊であり、忠誠派の市民達の助けによりライラ共和国の戦線を潜り抜けコーチュスに辿り着いていたのである。
 この奇襲は完璧なものであり、程無くして集積所の全体がクリタ人達の支配下に置かれた。基地を守備していた軽量級メックでさえも、粗雑なナパーム爆弾により破壊されていた。そして、クリタ人達が死体を片付け補給物資の箱を積み重ねている時に、ホバークラフトと船の小艦隊がコーチュス湾に出現したのであった。
 船に補給物資が積み込まれている間、クリタ大佐はライラ共和国の注意をコーチュスから逸らす為に前線沿いの全ての場所で小戦闘を行う事を指示した。ライラ共和国の戦車と歩兵部隊の分遣隊が前線からの要求に何故物資集積所が応えないのかを調査する為にコーチュスに進入した時には、その補給物資の大部分は艦船群に積み込まれており、それらはヴェガ軍団に向かって進路を取っていた。
 補給物資と戦意を補充したヴェガ軍団は、次なる行動を待ち望んだ。10月23日、クリタの連隊群は広範な攻勢を開始した。クリタ大佐は車輌群を夏の暑さにより干上がった水路やワジ伝いに送り込み、川床は車輌が行動するには脆弱に過ぎるものである、と誤って信じ込んでいたライラ人達に対して大きな戦術的優位を獲得した。ライラ共和国軍による如何なる機動も、コンクリートの強度を持つ川床を移動してきたヴェガ軍団のメック群と車輌群が突然に切り込んできた時に挫かれる事となった。
 ライラ共和国軍を2つに分断した後、クリタ大佐は自らのメックの数的優勢を最大限に活用した。1週間後、ライラのメックの大部分を握っている北方のライラ共和国軍と南方のライラ共和国軍の間に横たわる隔たりは、乗り越えるには余りにも大きなものへとなっていた。また、竜巻と強烈な風を伴う巨大な1つの天候前線は、クリタの攻勢の最初の2週間に渡り、ライラ共和国の戦闘機群を地上に釘付けにした。これは自然からの贈物というものであり、クリタ大佐はライラ共和国の戦闘機基地をその目標リストの高位に置く事によってそれを徹底的に利用した。嵐が収まった時には、ライラ人達は嵐かヴェガ軍団の何れかの手により、その戦闘機の半分以上を喪失していた。
 12月、第14ヴェガ軍団と第2ヴェガ軍団は分断された第3ライラ防衛軍の間の隔たりを更に拡大する様に見えた。第2ヴェガ軍団と20個歩兵/戦車連隊は、ライラ共和国のメック連隊の第1大隊と第3大隊、6個歩兵/戦車連隊をティアーズ大砂漠の南端の方向に圧迫していった。この砂漠の縁は、軍勢が北へと脱出するのを阻止する事に於いて広大な海原と同じ程に効果的なものであった。追撃をする第2ヴェガ軍団は、ライラ共和国軍を遅延させるのに変化しやすい砂地を頼みにしていた。
 一方、南方では第14ヴェガ軍団とその同伴する14個連隊が、第3ライラ防衛軍の第2大隊と電撃中隊、その他の4個連隊を追撃していた。ライラ共和国のメック部隊はヴェガ軍団に抗する事はできたが、戦車部隊や歩兵部隊に抗する事はできなかった――それらの部隊はライラ共和国兵達を驚かす程の戦意で以て戦ったのである。
 セオドア・クリタ大佐こそが、このドラコ連合軍の中で取り戻された戦意と活力の源であった。彼は兵士達を励まし、より良い行動をさせた。彼は、彼等に対してより狡猾に戦う方法と、彼等が最高の効果を発揮するには何を用いるべきかを教えた。補給物資も、最早、問題にはならなくなっていた。クリタ人達の攻勢は余りにも迅速かつ不意を衝いたものであったが故に、彼等はライラ共和国の幾つかの補給物資集積所を制圧していたのである。更に、クリタ軍はLCAFに雇用されていた民間降下船を騙し、自分達が制圧したばかりの宇宙港に着陸させる事さえもしていたのであった。
 12月中旬、第3ライラ防衛軍の第1大隊と第3大隊は砂漠の縁の近くで包囲されつつあるという危機に陥っていた。ここで全滅するのを恐れた臨時指揮官のブライアン・キンケイド中佐は、惑星“ヴェガ”からの撤退を決断した。しかし、恐らく彼のこの決断は彼の兵士達の生命を救うものであったのであるが、ライラ共和国内の士官達の多くはキンケイド中佐のこの撤退を臆病な行動であると見なしたのであった。LCAFのその他の部隊もまた他の地域から撤退をしたが、第3ライラ防衛軍指揮官ユリオーシャ・ドノヴァン大佐は、キンケイド中佐の決断に対して激しく異議を唱えた。彼女は、自分の疲弊した1個メック大隊が打ち勝つ事は可能であり自分の連隊の残りと合流ができる、と信じていたのである。彼女がキンケイドの撤退の言葉を聞いた時、彼女は当初不利にも拘わらず戦闘する事を試みた。しかし、自らの士官達による多数の懇願が為された後、最終的には、彼女は連隊の残りが続いて撤退をする事に同意した。
 後に両者が再合流した時、ドノヴァン大佐はその怒りをキンケイドに対して叩き付けた。彼女はその撤退を理由に公然と彼の事を臆病者と叫び、彼は第14ヴェガ軍団の後背への準軌道降下(弾道降下)を実行するべきであった、とも主張をした。しかし、それは激しい風とヴェガ軍団の気圏戦闘機群の大胆さが増しつつある事を鑑みるに、極めて危険な作戦へとなったものと思われる。ともかく、臆病な行動によるものなのか、或いは一般常識に従った行動によるものなのか、その何れであったにせよ、惑星“ヴェガ”はライラ共和国の手から零れ落ちたのであった。


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